ことば4年B(0118)

福西です。だいぶ前の記事になりますが、前回の記事からの続きになります。

1月は引き続き、百人一首(競技かるた)に取り組んでいます。

山びこ通信に書いたこととも重なりますが、「今日は得意札を一つだけ作りましょう」と言うと、生徒たちは私の「だけ」という言葉に反応して、「もっと知ってるから!」と即答してきます。意気揚々な様子は言葉の端々にも表れていて、たとえば私の得意札は寂蓮法師の「村雨の・・・」なのですが、その情報を聞き出しては、「それを取ってあげるから!」という調子です。

ところで競技かるたでは、ふつうの「おちらし」とは違って、相手陣の札を一枚取ると、自陣から札を一枚「送る」ことをします。つまり、自分が暗記時間に「これを取りたい」と思って目を付けておいた得意札が、自陣から一枚減ってしまうことになります。これが生徒たちはどうにも「惜しい」と感じるようです。面白い反応だなと思います。

IちゃんもMちゃんも、「これも取りたいし…」「どれも送りたくないなあ…」と呟きながら、送り札で長考してくれます。そのような素朴なこだわりも、今の時期に特有のことだと思い、大事にしたいと思います。

さて歌の覚え方について、私なりにコツを一つだけ述べておきます。それは、歌との出会いを大事にする、つまり、無理に一度に好きになろうとしないことです。それはたとえば、人の名前を覚えるようなものです。何度も家に遊びに行くような親しい友達なら、名前も当然のようにして覚えられます。しかし、クラス替えをしたばかりの4月の頃を想像してみてください。知らないクラスメイト全員の名前を「明日までに覚えてきなさい」ということは、なんとも酷な課題ではないでしょうか。

「今日は得意札を一つだけ」と私が言うのも、はじめて遊ぶ約束をした友達の家に、ドキドキしながら、詳しい場所も知らずにあてもなく出かけて行くような気持ち、その時の印象を大事にしてほしいからです。そして、以前の得意な歌がたとえ一つであれば、それを中心にして、だんだん広げていくことができます。覚えれらない時は、いつでもそこに帰って来て、「これは確かに覚えている」と安心することができます。

そのような「減らない」覚え方は、他の勉強にも通じていると思います。

かるたは、一枚でも取れた時の喜びの大きい遊びです。そのような喜びを等身大に感じることのできる、今の時期を大切にしたいと思います。