高木です。
今日は、冬休みのあいだにK君に家で書いてきてもらった文章を確認しました。
書いてきてもらったのは、『銀河鉄道の夜』の第一章「午后の授業」で、なぜジョバンニは涙をうかべたのか、ということについてです(くわしくは、前回(12/16)の記事をご参照ください)。
ジョバンニとカムパネルラのあいだに取り交わされる複雑な心情をあつかった、むずかしいテーマでしたが、K君は、ジョバンニの涙の理由について、短い文章で考えをまとめてきてくれていました。
K君の文章は、その「内容」においては、これ以上付け足せば余分になるし、これより省略すれば意味が通らなくなってしまう、そのちょうど中間点にあるような、過不足のない的確なものでした。ただ、その内容の「文章表現」において、技術的な改善が必要だったので、今日はそのことを中心に見ていきました。
K君の文章の主な改善点は、一文の極端な長さでした(もっとも、それだけの長文を書けるということ自体は、評価すべきことではありますが)。どのように文を分割して、順序を組み換えれば、より相手に伝わる文章が書けるかを、K君と一緒に考えました。
清書をしてもらうと、内容はそのままに、文章が格段に読みやすくなりました。K君の文章の良さのひとつに、その独特のリズム感を挙げることができますが、一方でこうした作業を通して、そのリズム感をより洗練していってほしいと思います。
>清書をしてもらう
K君の真骨頂は、喜んで清書をすると態度に見られるのではないかと思います。きっと、高木先生の説明を聞きながら、なるほど、そうか、と納得しながら書き直したでしょう。先生の指摘を素直に受け止めることの出来るタイプです。そして、もう一度最初から自分の文章を読み直す中で、再び「なるほど、そうか!」と納得を深めたに違いありません。K君なら、次に文章を書くときにも、今回の経験を最初から生かすことができると思います。