ことば1~2年B(1/21)

福西です。

この日は、これまでにしてきた十三種類の暗唱を一気におさらいしました。お正月をはさんで、記憶のあやふやになってきたところをもう一度補強でき、次に進む励みになりました。

後半は、『みそかいばし』(永田義直/文、都市と生活社)と、『たからもの』(シュルヴィッツ作、偕成社)を読みました。

どちらも果報を受け取る、縁起のいい夢のお話です。

『みそかいばし』の方は、こんなお話です。

長吉という貧乏な男が、夢のお告げで(正直の褒美として)、「飛騨高山のみそかいばしに行けば、いい話が聞ける」と知らされます。そこで長吉は夢のお告げ通り遠出するのですが、橋の上で待てど暮らせど、いい話は聞けません。五日たってから、「お前は何をしているのだ」と近所の豆腐屋から声をかけられます。

それで長吉は正直に夢のことを話すと、豆腐屋はそんな長吉のことを笑います。夢を真に受けてわざわざ遠くまできたなんて骨折りなことだ。夢ならついこの間わしも見たよ、と。そうしてその夢の内容を長吉にも話して聞かせます。

「沢上(そうれ)というところの、長吉という者の家の松の根元には、宝が埋まっている」

と。そこで豆腐屋は、

「どうせ夢の話。かりに夢の場所が本当にあったとしても、ばかばかしくて行く気にはならない」

と笑って、長吉にも帰るように諭します。

その沢上(そうれ)というのが、長吉の住んでいる場所のことなのでした。

長吉はこの話を聞くと、「これが夢で言われたことか」と合点します。急いでもと来た道をたどって、自分の家の松の根元を掘ってみます。すると…

というように、豆腐屋の諭しに、普通なら肩を落とすところが、そうではないところが、この話の「ミソ」でした。長吉の見た夢は、いわば符合の半分、もう半分が豆腐屋の見た夢という仕掛けなのでしょう。二つの夢が「ぴったり」と合わさって本当の価値を知るところに、あるいは遠くに行って近くのものが見つけられたところに、「すっきり」としました。

(ちなみにこの昔話には、「もう半分」の夢を買って、その福を完全に自分のものにするというパターンもあります。>『日本の昔話』(おざわとしお再話、福音館書店))

この「みそかいばし」に似たモチーフの絵本として、外国の人の描いた絵本の『たからもの』を読みくらべてみました。生徒たちは、同じパターンのところに、ニヤニヤしながら聞いていました。

インパクトは、最初に読んだ日本の昔話の方が強かったようです。実際に黄金を掘り当てている絵があったことも一因でした。