(ここに、あなたの魚はいます)

福西です。

今日は海の日ですね。3連休、みなさま、いかがおすごしでしょうか?

あなたがちっとも探さない潮目に、魚はいるだろう。

quo minime quaeris gurgite piscis erit.

これは、twitter(現X)で、「今日のラテン語」として紹介したことわざです。

(海の日だから魚、というのはたまたまです)

 

人文科学系、とりわけ「古典」の必要性にシビアな目が向けられる昨今。

人生を楽しませるもの、豊かにするもの。それはやはり「文」であり「言葉」ではないか、と私は信じます。

「人間って、むかしからこういうところ、ちっとも変わらないなあ」

とか、

「いやいや、こういうところで昔より進歩があるぞ」

とか。

そうした認識に立って、過去と未来の間を、これからの「今」の時間を歩むことを、古典の言葉たちは教えてくれます。

 

古典と言えば、

西洋では、ギリシャ語、ラテン語。

東洋では、漢文。(もちろんほかにもあることでしょう)

山の学校には、それらのクラスがあります。

そして、ほかにも多様な(とりわけ語学系の)クラスが、受講生をお待ちしています。

私は声を小さくして言います、

(ここに、あなたの魚はいます)

と。