栄養をどこでもらったか、という話

福西です。山の学校の春学期が、今日からスタートしました。

小学校も始まっていますね。新しい教科書が配布されてワクワクしたのを、昨日のことのように思い出します。

そこで、私の小学3年生の思い出を一つ。

あまんきみこの『白いぼうし』という話が、国語の教科書に載っていました。

「よかったね。」「よかったよ。」というセリフがあるのですが、その「よかった。」を「よかった。」ならどうか、と私が発言したところ、先生がえらく称揚してくれました。「みんな、今の聞いたか?」とクラスでも取り上げてくれて、それがうれしかった、ということがあります。

『白いぼうし』がどんな話かというと、次の通りです。

タクシーの運転手が、道ばたに白いぼうしを見つけます。拾うと、中からチョウチョが飛んでいきます。

運転手は、子どものつかまえたチョウチョだと気づき、おわびに、夏みかんをぼうしに入れておきます。

さて、タクシーに戻ると、女の子が乗っています。「なの花よこ町まで」と言うので、車を動かします。

ところが、目的地に着いたとき、女の子は、忽然といなくなっています。

そのかわり、「よかったね。」「よかったよ。」と、チョウチョたちの声が聞こえた、ということです。

3年生の先生は、「つまり君は、こう考えたわけだね。『タクシーに乗ったのは、女の子だった。だから、チョウチョの声も、片方は女の子のものだろう』と」。

そのように、私の意図を十分にくんで、クラスで紹介してくれたのでした。

このできごとがあったおかげで、私は本を読むことが前よりも好きになりました。

思い返せば、本を読んで感動したことのほかに、人に「共感されたこと」や「代弁してもらったこと」もまた、その後の活動の栄養源なのではないか、と考えます。

なぜ、それを話すかと言うと、山の学校のクラスでは、上で紹介したようなエピソードに満ちているからです。

「ことば」クラスだけでなく、どのクラスでも、受講生の心を一番に思って、親身になる先生ばかりです。

ぜひ、小学生のご参加をお待ちしています。