Cor ad cor loquitur. 心が心に語る

山下です。
ラテン語の格言を紹介します。
Cor ad cor loquitur.
心が心に語る。

言葉の意味は読んで字のごとくです。日本語の「以心伝心」という言葉を思い出してもよいでしょう。ただし胸のうちを相手の心に伝えることは容易ではありません。口頭で伝えるには勇気がいります。キケローはその場合手紙を書く手があると言います。「手紙は赤くならないから」(Epistula nōn rubescit.)というのがその理由です。

文字も言葉も使わずに心を届ける方法はないものかといえば、日本語に「目は口程に物を言う」という言葉もあります。小プリーニウスの「心は目に宿る」(In oculīs animus habitat.)も同じ内容を伝える言葉として知られます。

「沈黙した顔は声と言葉を持つ」(Tacens vōcem verbaque vultus habet.)。これはローマの恋愛詩人オウィディウスの言葉で、『恋の技術』の中に見られる表現です(Ov.A.A.1.574)。文脈をたどると、言葉を用いずに意中の女性に自分の気持ちを伝えるあの手この手が語られています。

会話によらない心の通い合いは同時代に限られるものではなく、文字を使えば時空を超えて可能です。「本は寡黙な教師である」(Librī mūtī magistrī sunt. )は、このことを示唆します。読む行為を通じて作家の心と自分の心が対話するとき、それは肉声のやりとりではなく、「心が心に語る」経験です。

ラテン語は死語だと言われますが、ラテン語で書かれた言葉は、二千年の時を超えて今の私たちの心にじかに語り掛けます。ラテン語学習は現代語と違って会話でなく読むことに重きが置かれますが、その読む行為とは古代の作家と対話することであり、語彙や文法がわかっても一筋縄で読めません。あなたの言いたいことはああなのか?こうなのか?とこちらから問い続けないと作家は心を開かないものです。