山下です。
Sol omnibus lucet.
太陽は万人を照らす。
ペトローニウス、『サテュリコン』100
ローマの政治家でもあったペトローニウスの言葉です。皇帝ネローの側近だった彼は、「典雅の審判者」(elegantiae arbiter)と呼ばれるほどの趣味人でしたが、最後はネローによって自殺を命じられました。表題は彼の残した長編小説(西洋文学における最古の長編小説)に見られる表現で、前後関係を紹介すると次のようになります。作中人物の独白の一部です。
「自然が創造した最上のものは、万人が共有して当然ではないのか。太陽はあらゆる人の上に輝く。数限りなき星を率いる月は、畜生までも餌場へみちびいていく。水よりも素晴らしいと言えるものが、いったい他にあるか。その水も万物のために流れているのだ」(『サテュリコン』100、国原吉之助、岩波文庫)。
下線部はSōl omnibus lūcet.の訳に当たります。主語はSōl(太陽)、動詞はlūcet(輝く)、omnibusは「すべて」を意味する形容詞の複数・与格で、「すべての人のために」を意味します(「形容詞の名詞的用法」)。ちなみに、公共の乗り物のバスはこの単語の語尾 -busに由来します。ラテン語ではブスと発音しますが英語ではバスになります。バスは「すべての人のための」乗り物というわけです。
ラテン語の形容詞には男性・女性・中性の三性がありますが、今ふれた omnibus(オムニブス)は三性とも同じ形です(複数・与格は男性・女性・中性とも omnibusとなる)。このことから、文脈を離れるなら、表題のラテン語を中性とみなし、「すべての物のために」と訳すことも可能です。この場合、文全体は「太陽は万物を照らす」と訳せます。
ラテン語に Etiam capillus ūnus habet umbram suam.(エティアム・カピッルス・ウーヌス・ハベト・ウンブラム・スアム: 一本の髪の毛さえ自分の影を持つ)という言葉があります。「一寸の虫にも五分の魂」という意味で理解できますが、このことわざが成り立つのは、「太陽が万物を照らす」条件あればこそです。