山びこ通信2021年度号(2022年2月発行)より下記の記事を転載致します。
『英語で学ぶ歴史と文化』
担当 吉川弘晃
この授業は、題目通り、ある地域の歴史と文化を英語を通じて学ぶことを表の目的にしていますが、実際には日本史や世界史への興味を介して英語を読む力をつける場でもあります。英語が「できる/できない」という意識は多くの日本語話者の意識を縛り続けていますが、実際には語学の習得に限りはないし、語学だけに時間を割けるほど人生は暇ではありません。差し当たっては自分にとって必要な声を聞けるように、あるいは愉快に思えるテキストを正しく読めるようになることが課題であると言えましょう。特に歴史や文化に興味があるけれども、外国語にはイマイチやる気が湧かないという方を(歴史も文化も英語ももっとできるようになりたいという方ももちろん)歓迎いたします。
今年度は、ブリテン島(英国)の歴史について、英語の多読用テキスト(Fiona Beddall, A History of Britain, Pearson Longman, 2006)を精読しながら学んでおります。語彙数のレベルは1200語程度(日本の英語教育で言えば中3~高1レベル)です。テキストは全6章30頁強で構成されており、「ブリテンBritain」の2000年近くの歴史を一望できるようになっています。一口に「イギリス」や「英国」と言っても、複雑な事情があります。そもそも我々の知る「イギリス」が歴史の舞台に現れるのは、ローマ帝国がブリテン島を植民地にした1世紀です。この島はその後の約1000年間、元々の原住民に加え、ローマ帝国からの渡来民、さらにヴァイキングやサクソン人、そしてノルマン人など様々な民族集団を迎え入れることになりますが、その過程でブリテン島南部にできた国家のひとつが「イングランドEngland」です。それとは別にスコットランドやウェールズ、海を隔てたアイルランドという国がありました。その後の900年、この4つの地域が戦争や統合、支配、内戦といった形で関係を形成していき、その(現時点での)結果が「グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国」、つまり今の日本で「イギリス」と称されるものの正体です。
本授業は、生徒さんが各段落を音読して日本語に直し、それに講師が解説を加えるという古典的な「講読」の方式を取っております。しかし、文法的な解説だけでなく、歴史的背景の解説を数多く行うのがこの授業の特徴であります。現在用いているテキストは、英語圏の小学生向けであるため、極めて平易な英文で書かれる反面、歴史叙述としてはあまりに単純でかつ省略が多すぎるため、日本で生まれ育った人間にとっては分かりにくい箇所も少なくありません。そのため、英国史の理解に必要なキリスト教やヨーロッパの国際関係史(特にフランスとの関係)の基本的な事柄を確認するようにしています。
しかしながら見方を変えれば、以上の教科書の欠点があるからこそ、生徒さんはただ漫然と英語を訳すのではなく、どこが自分にとって理解できる(できない)かを意識しながら英文に向き合うという自発的な姿勢を取ることにつながるとも言えましょう。生徒さんは英文読解を通じて、世界史に関する問いを自ら提示して、それに対して講師は、「Zoom」(オンライン会議アプリ)の画面共有機能を使って、資料や図像を提示しながら解説していきます。
いまや、外国語を日本語に「直す」だけであれば、DeepLといった高度な機械翻訳で事足りるようになりました。そんな時代にわざわざ外国語を「読む」訓練を行うことに何の意味があるのか。もしそれが、ある言語の単語を一つひとつ機械的に別の言語に置き換える作業を素早く行うことであれば、それは文字通り、無駄な苦行に過ぎないでしょう。
そうではなく、これからの時代で重要なのは、ある言語や文化を一つの意味の体系として身につけることです。言語とはとどのつまり、そこに住む人々が生活のなかで作ってきた意味の集まりのことです。風土や習慣によって一つの単語が指す事物は多かれ少なかれ変わってくる。肉食が盛んな地域であれば、「雄鶏rooster」と「雌鶏hen」、「雄牛bull」と「雌牛cow」は異なる単語を用いますし、また日本語圏では同じ「水water」という物質を指す言葉は「お湯hot water」と「お冷cold water」のように豊かに存在するわけです。
自分が慣れ親しんだ言葉と、それ以外の言葉を共に学ぶことで、意味の体系がいくつも存在する「リアリティ」を身体で学ぶことは、今後ますます大事になるはずです。一方で強制的にやらされるという感覚をもったままでは、学習は続きませんから、自分の内なる世界に対する欲望をうまく引き出しながら、「手触り」感をもって言語を学んでいくようにしたいですね。この授業ではささやかながらそのお手伝いをさせていただきます。