山びこ通信2021年度号(2022年2月発行)より下記の記事を転載致します。
『教養英語』
担当 塩川 礼佳
2021年度の頭から「教養英語」と冠して、講読の授業を担当してきました。幸い、熱心な受講生の方々にも恵まれ、現在、2名の方に継続受講していただいております。テキストは、Alister McGrath, Christian Theology, 6th ed. を用いています。邦訳が存在する文献ですが、訳出されている版が古いため、原語で挑戦する値打ちはなお十分だと思います。実際、受講生の方から「英語の文章を読む習慣が身についた」「今までキリスト教についてちゃんと勉強したことがなかったので面白い」と嬉しい言葉をいただいております。やさしい英語で、キリスト教の教養を身に着けられることが本講座のウリです。
つい先日も、原著に触れることの意義を実感させられる出来事がありました。“Operative grace”と“Cooperative grace”という2つの概念の訳語を検討したときのことです。マクグラスの説明によれば、前者は、神が人間側の助けなしに罪びとの回心をもたらすことを、後者は、回心後、神と人間がともにはたらく(collaborate)ことを指しています。マクグラスの説明をきいた後では、この2つの概念が自らその対照的な内容を語っているように思えてきます。operativeとco-operativeという2つの単語を見比べてみましょう。co-という接頭辞は「共同」という意味で、operativeは、恩恵がはたらいていることを言い表していると理解してみてください。授業では、受講生の方の質問をきっかけに、この2つの言葉が対比されていることをはっきり伝えらえる訳語は何だろうとあれこれ案を出し合ってみたのです。
そこで、気になって邦訳(614頁)を参照してみると、これらの訳語は、<効力ある恩恵>と<協同する恩恵>とされています(後者については「協働する」と訳したかったのだと信じますが)。教科書ですから、有名な訳語をしっかりと教えることは大切です。専門家同士であれば、この訳語で十分話が通じるでしょう。しかし、これからキリスト教について勉強してみたい人にとっては、不親切にも思えます。英語だと、マクグラスの説明がすっと頭に入ってくるのに対し、邦訳では、まるでバラバラの概念に思えますから(効力のない恩恵があるのか?!という無用の混乱も懸念されます)。そうであれば、どんな訳語がいいのでしょうか。これが正解!と納得できる訳語を思いつくには少し苦労が必要そうですね。皆さんなら、どう訳しますか。最終的に邦訳と同じ訳語を選んでも構いません。誰かがつくった訳語を丸暗記するのではなく、この単語にはこちらの言葉がふさわしいか、それともあちらの言葉の方が似合うだろうかと自分で頭を捻ってみる体験が大切だと信じます。
翻訳は、思想の学びの根幹です。本講座では、拙いながら、そういう基本的なことをお伝えできればと思っています。何より、自分で外国語と格闘した経験は、いつか、あなたを本当の学びへと誘ってくれるはずです。例えば、こんな疑問が、旅の切符になるかもしれません。そもそも、これらの概念は、マクグラスが言うほど、対比的に用いられてきたのでしょうか。もし、最初からそうでないのだとすれば、その用法は、いつ頃成立したのでしょう。本講座の枠を飛び越え、思想の学びはどこまでも広がってゆきます。
さて、本講座では、春学期に、神の創造について、秋学期には、被造物としての人間について勉強しました。冬学期は、人間の救済について扱います。小難しい表題にウッと思われた方もいるかもしれませんが、ご安心を。マクグラスにかかれば楽しく学べるのだから不思議なものです。流麗な英文と明晰な解説。キリスト教についてあまり勉強したことがない人にこそ、この面白さを体験していただきたいところです。また、文法や単語の説明に時間を割く基礎的な講座ですから、英語を学び直したい方や意欲的な高校生の方にも最適ですよ。どうぞ気軽に仲間に加わってください。