福西です。
ウェルギリウス『アエネーイス』(岡道男・高橋宏幸訳、西洋古典叢書)を読んでいます。
8巻の140-348行目を読みました。
エウアンドルスが、今はまだ小さなローマの光景をつぶさに指し示しながら、「あれはカークスが逃げ隠れた岩だ」など、ガイドのように説明します。
アエネーアスも、それを見て驚き、喜んでたずねます。このアエネーアスの精神に対する鼓舞は、ウェルギリウスの時代のローマ読者に対するそれであるかのように思えます。
この箇所について、つぎの論文を紹介しました。
『アエネイス』第8巻「ヘルクレス-カクス・エピソード」に関する一考察(山下太郎)
これによると、エウアンドルスの語るヘルクレス・カクスの物語は、ローマを絵に見立てたエクプラシスであるということです。そしてエクプラシスという意味で、第1巻のユノの神殿の絵や、第6巻のローマ人の英雄のカタログ、第8巻の盾の描写(ローマの歴史)と関連性を持つと。
ローマに現存する土地を一枚の絵 と見立て,個々の地名に言及しながら,その細部に秘められた神話的エピソードを紹介し(…)未来のローマの歴史を描こうとしていた
この巻の全体は,さながら1つのエクプラシスのごとく機能し,ローマの始まりから未来に至る歴史の全体を表そうとする詩人の意志を示唆しつつ,(…) 「ヘルクレス-カクス ・エピソード」についても,このような詩人の狙いを色濃く反映する箇所
とあります。
山下です。
論文のご紹介をありがとうございました。
「見ることは信じること」という言葉があります。
『アエネーイス』は本来神話の物語(トロイア戦争等)をローマの歴史として扱っています。
取り上げるエピソードの一つ一つを読者にいかに信じさせるか、詩人の腕の見せ所です。
山下先生、福西です。
コメントをありがとうございます。
ウェルギリウスが「歴史」を描くとき、そこにふるわれる詩人の腕(技術)として、エクプラシスが介在するということですね。逆にエクプラシスがあると、それを手掛かりに、読者は、作者の歴史観(メッセージ)を認識することができる、と。
叙事詩はふつう「~した」という過去(神話)を描く形式であるところ、ウェルギリウスは「~だろう」という未来をも描き込んだ。「過去(神話)→現在」の流れを歌うことで、「現在→未来」の流れをも歌おうとした。そしてその叙事詩は、人類が存在する限り、残るだろう、という作者の期待(意図)が、エクプラシスから伝わってくるように感じます。
『イーリアス』も普遍性を描いていると思いますが、『アエネーイス』もまた、それとはちがう手法で普遍性を描いているのだなと、普遍性の描き方にもいろいろあるのだなと、先生の論文を読んで勉強したことを、思い出しました。