山下です。
ローマの喜劇作家テレンティウスの言葉をご紹介します。
二千年以上昔のローマ文学に次の台詞があります。ある父親が自分の教育方針について語る場面です。
「罰を恐れて義務を果たす者は、事がばれるのを恐れる間だけ気をつければそれでいい。ばれずに済むと思ったら、また自分のしたいことに取りかかる。一方、思いやりの心で結ばれた子どもは、何をするにせよ心を込めて行うもの。親に恩返しをしようと努め、親がいてもいなくても変わらぬ自分でいるだろう。父親のなすべきは、息子が脅されてではなく、自分の意思で正しく行動できるようにしつけることである。この点で、父親は奴隷の主人とは大違いだ。このしつけのできない者にかぎって、子の教育がうまくいかないと告白する羽目になる」(テレンティウス『兄弟』、山下太郎訳)。
「なるほど」と思う言葉ですが、作品の終盤に差し掛かると意外などんでん返しが待ち受けます。
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