福西です。
『リンゴ畑のマーティン・ピピン』(エリナー・ファージョン、石井桃子訳)を読んでいます。
第1話「王さまの納屋」の続きです。
鍛冶屋でペパーの蹄を四つとも見事に作り終えた王は、鍛冶屋の若者に別れを告げます。そしてハト宗の黙想を完成させるために丘へ登ります。丘に登るのもこれで四度目です。
ところが、この時、王の心境に180度の変化が訪れます。三度目までは、丘から見下ろす夕日の大地があれほど清浄で感動的だと思えたのに、今はそれよりも心を占めるものがあり、そしてそれを失うことを思って、心が空っぽになっていたからです。
失うものとは、二つあります。
一つは、鍛冶屋の若者と友情。もう一つは、池の美しい女性。
黙想を終えてこの丘を離れてしまえば、もう会うこともないからです。
王は、虚ろな心で、真夜中の池へと顔をひたしに行きます。
そして再び、あの女性を見ます。しかし、女性はすぐに逃げてしまいます。
「いとしい人、待ってくれ! 待ってくれ、いとしいひと」
ふるえる足で、王は、のこる力の許すかぎり、早く、池のまわりをよろめいていった。だが、それより早く、女はのがれ去り、かの女のいた場所まで王がきたとき、そこは、月のない夜の空のように空虚だった。
王はなおも追いかけます。しかし、結局追いつけませんでした。
(このあたりのシーンは、オウィディウスの『変身物語』を思わせるような雰囲気です)
王は、黙想を完了したはずなのに、その後も丘だけでなく、あちこちを探し回ります。
あっという間に一週間がたちますが、彼女とは会えません。
王は、「永久に」彼女を失ったと思いこみます。
(その2に続きます)