山下です。
ラテン語を学ぶのはいつ始めても早すぎることはなく、遅すぎることもありません。
セネカに「難しいから挑戦しないのではなく、挑戦しないから難しい」(セネカ『倫理書簡集』104.26)という言葉があります。
頭で考える難しさと実践を通して感じる難しさは質的に異なります。どちらが成長の糧となるかは自明です。
ラテン語にかぎらず、やらないで難しいと思い込んでいるものは数多くあります。
実際やり始めてみると、その難しい手ごたえがあるからこそ「面白い」と思えることに気づくでしょう。
山の学校は小学生から大人を対象とした新しい学びの場です。子どもは大人のように真剣に、大人は子どものように童心に戻って学びの時を過ごします。
山下です。
ラテン語を学ぶのはいつ始めても早すぎることはなく、遅すぎることもありません。
セネカに「難しいから挑戦しないのではなく、挑戦しないから難しい」(セネカ『倫理書簡集』104.26)という言葉があります。
頭で考える難しさと実践を通して感じる難しさは質的に異なります。どちらが成長の糧となるかは自明です。
ラテン語にかぎらず、やらないで難しいと思い込んでいるものは数多くあります。
実際やり始めてみると、その難しい手ごたえがあるからこそ「面白い」と思えることに気づくでしょう。