福西です。
(その1)の続きです。
クローディアは家出を始めるに際し、「あたしたちはひとつなのよ」と宣言しました。
しかしそれはまだ頭で考えていることなのです。
二人は、じっさい血のつながりもありますが、家出という状況下で、「あたしたちはひとつではない」ことを思い知らされます。
そうした「気づき」が、物語の一つのポイントだと言えます。
ちなみに前章で謎として残った、「家出にいく」という表現ですが、原文を確認しました。
ジェイミー 「hide out(in)」=(中に)隠れる
クローディア「run away(home)」=(家)出する
ジェイミーは、森の中に(ギャングのアジトみたいに)隠れることを希望しました。
ジェイミニーにとって、今回の家出は「ごっこ遊び」であり、それ自体が目的です。
しかしクローディアにとって、家出は「自分探し」のための手段です。
「中へ」vs「外へ」。
そのベクトルの違いが、ジェイミーにとって「思い通りにいかないこと」でした。
今回は、クローディアが思い通りにいかない番です。
「私はのたれ死のう。そしてジェイミーに後悔させてやろう」と、心の中で復讐劇を演じるクローディア。しかしその妄想も、次のジェイミーの何気ない一言によって中断されます。
「おねえちゃんは頭がいいと思うよ。ニューヨークって、かくれるにはいいところだね。だれかが他人には目もくれないんだもの(no one notices no one)」
頭のいいとほめられたクローディアはにっこりし、「だれも、よ(anyone)」と訂正します。
二人の心の距離が縮まったのでした。
(その3)につづきます。