福西です。
『無限論の教室』(野矢茂樹、講談社現代新書)を読んでいます。
第八週を読みました。
前回、「実数よりも、実数の部分集合の方が濃度が大きい」ということから、「べき集合(のべき集合のべき集合…)を考えることで、濃度を(いくらでも)大きくできる」という結論を得ました。
今回はその証明部分です。
前々回のおさらいとして、自然数と実数の1対1対応に矛盾があることは、以下のような対角線論法で証明できました。
xy座標のx軸に自然数を刻み、y軸をその90度回転とする。
そしてy軸の自然数1つ1つの横に、実数を表す2進数(101011…など)*を書きつらね、それで「自然数と実数が1対1対応できた」と仮定する。
対角線(グラフy=x上にある点)にある0と1を反転させ、新しい2進数(実数)を作る。
それは、xy平面(の第1象限)にはまだどこにも表れていない。
よって、「自然数と実数が1対1対応できた」という仮定がそもそも間違っている、ということが証明できた。
これの目盛りのきめを細かくしたのが、次の段階です。
xy座標のx軸に実数を刻み、y軸をその90度回転とする。
そしてy軸の実数1つ1つの横に、実数の部分集合を表す2進数(101011…など)*を書きつらね、それで「実数と実数の部分集合が1対1対応できた」と仮定する。
対角線(グラフy=x上にある点)にある0と1を反転させ、新しい2進数(実数の部分集合)を作る。
それは、xy平面(の第1象限)にはまだどこにも表れていない。
よって、「実数と実数の部分集合が1対1対応できた」という仮定がそもそも間違っている、ということが証明できた。
(*部分の詳しい説明は、テキストを参照してください)
上のアナロジーは、いったん分かってしまうと、「なあんだ、そんなことか」となるのですが、そうなるまでには時間がかかると思います。興味を持ってあきらめず、「真珠採り」のように何度ももぐってみてください。そのつど「気になる」ことが勉強の秘訣だと思います。
というわけで、実数よりも実数の部分集合の方が要素が多い(すなわち濃度が大きい)ことが分かりました。それを踏み台にして、「べき集合を考えることで、濃度を大きくできる」という結果が得られます。
ところで、集合の濃度については、ふつうの足し算ができません。
小さい濃度a+大きい濃度b=大きい濃度b
と、大きい方に吸収されてしまうからです。
これは、2、3例を挙げれば、すぐに納得できると思います。
自然数{0,1,2,3,4…}の濃度+整数{0,±1,±2,±3,±4…}の濃度=整数の濃度
自然数の濃度+実数の濃度=実数の濃度
一見、だからどうということはなさそうですが、実はこの事実を認めてしまうと、
「べき集合を作ると、濃度を大きくできる」
という、先の結果と矛盾します。
なぜなら、
べき集合は、もとの集合の和で作るからです。その要素1つ1つは、もとの集合と同じ濃度であるはずです。つまり、
a+a+a+a+…=a であるはずなのに、
a+a+a+a+…=b ?(いつbになったの?)
これが、カントールのパラドクスです。
ここで、
「集合の集合」(べき集合など)を考えることって、よしとしているけれど、本当によかったの?
という疑問につきあたります。
素朴でいいじゃないか、という立場と、いやいや待ってくれ、という立場があります。
次回は、「いやいや待ってくれ」の主張を掘り下げます。「ラッセルのパラドクス」という面白い内容です。