西洋古典を読む(2019/1/9)(次から『アエネイス』(日本語訳)を読む予定です!)

福西です。

次に読むテキストを選びました。冬休み前に挙げていた、以下の中(日本語訳のもの)から決めました。

哲学系

1)セネカ『幸福な人生について』

2)セネカ『倫理書簡集』

3)プラトン『ソクラテスの弁明』

4)プラトン『国家』

悲劇(神話)系

5)アイスキュロス『テバイを攻める七人の将軍』

6)ソポクレス『オイディプス王』

教訓詩(神話)系

7)ヘシオドス『仕事と日』

叙事詩(歴史)系

8)ウェルギリウス『アエネイス』

年が明け、1)と8)が最終候補に上がりました。

先に読んだ『人生の短さについて』は、ざっくり言うと、欲望や運の女神に「心」を占領される(時間をつぎ込む)ことが多忙であり、その時間の無駄遣いが人生を短くする、という内容でした。

では、ラッキーではなくて、ハッピー(の女神)はどういうものなのか、という展開が、1)セネカ『幸福な人生について』です。ちなみに幸福は、ラテン語のベアータ(beata)の訳です。

幸福な人生には指導者(規範)が必要だ、とセネカは書き始めます。それも、人間にそれを求めるのではなくて。セネカの場合は、それを「自然」(natura)に求めます。そこにストア派の考えがうかがえます。また、後半はセネカが賢者の(清貧な)暮らしを人には勧めておきながら、自身は(賢者らしからぬ)金持ちの暮らしをしているのはなぜか、ということへの弁明(言い訳?)になっています。もちろん、面白い内容です。

一方、セネカが「心の無視」を決め込もうとした、運フォルトゥーナ(fortuna)とはちがって、「運命」と訳せるラテン語があります。それが、ファートゥム(fatum)です。

「運命によって(fato)」イタリアの岸辺にたどり着いた一人の英雄、アエネアス、の物語。それが、8)『アエネイス』です。

上の二作品でしばらく揺れていたのですが、A君が「『アエネイス』にします」と決めてくれたので、次回(か次々回)からそれを読み始めます。

A君は、歴史(特にポーランド史)と、『ロランの歌』や『ニーベルンクの歌』といった叙事詩が好きということです。

 

その日は、冬休みにA君が読んだ『ベオウルフ』と、私が読んだ『アーサー王と円卓の騎士の物語』とで交互に意見を交わし合い、盛り上がりました。

その時、A君が教えてくれました。

「『ベオウルフ』と『アーサー王』では、誉め言葉が違うんです。『ベオウルフ』では「全員が賛成した」と言うと、それは最大の誉め言葉です。でも『アーサー王』ではそれが見られなくて、最終決議であっても、たいてい誰かが反対したまま残り、もやもやっとした感じになるんです」と。

そのような、貴重な発見を教えてくれました。

 

次週もよろしくお願いいたします。