漢文入門担当の陳です。
ゴールデンウィーク明けの本日は、明の劉基の代表作「売柑者言(蜜柑売りの話)」を受講者様と一緒に読みました。
劉基、字は伯温、浙江青田県(篆刻の印材としてポピュラーな青田石がこの地の名産です)の人で、元の後至元年間に科挙に合格して進士となりましたが、世の中が乱れた際、朱元璋に従って軍師となりました。知略に長けたことから後世大変な尊崇を集めることとなり、特に陳友諒の大燕との戦いに於ける戦術は『三国演義』の赤壁の戦いのモティーフになったとされています。きわめて猜疑心の強かった朱元璋から全面的な信頼を得て伯爵の位を与えられ、明が滅亡するまでその地位は世襲されました。明という王朝にとって、きわめて特別な意味をもつ人物だといえるでしょう。
この「売柑者言」は中国文学史を代表する名作の一つとして、現在に至るまで中国で広く読まれている『古文観止』に採録され、作品中の「其の外を金玉とし、其の中を敗絮(ボロボロの綿切れ)とす」という言葉は現在でも故事成語として中国人の間で広く用いられています。
さて、この作品は、ずるい蜜柑商人の登場から始まります。この商人、中身がダメになった蜜柑を表面だけ美しく保って、大変立派なもののように見せる技に長けていたそうです。彼から蜜柑を買った劉基は皮をむいた瞬間に漂ってきた鼻を衝く悪臭としわしわの蜜柑の中身に激怒し商人をなじりますが、商人は消費者のクレームなどどこ吹く風、世の中ウソつきだらけなのにお前が俺だけを責めるのは間違いだ、と開き直り、立派な制服を着た文官や武将たちも中身はこの蜜柑と同じようなものじゃないか、なぜそれを批判しないでたかが蜜柑売りを責めるのか、と反論、何も言えなくなった劉基は、この蜜柑売りはもしやこのような風刺でもって世の中を正そうとしている賢者なのではないか、と思い至り、そこで文章が終わります。
前回「大唐聖経序」、「滕王閣序」といった対句の美を競う作品を取り上げたことを踏まえ、今回は敢えて比較的技巧的表現の少ない散文作品を選択しました。
文章表現自体の面白さもそうですが、一王朝の最高指導者の一人がこのような自省的な文章を後世に残したこと、作者が強烈な皮肉を通じて世に訴えようとした内容を吟味しつつ、これからも漢文読解の技術を学ぶ場を提供したいと考えております。