山下です。
以前「単語を覚えるには?」の命題に対し、私が、「単語を書き留めていくこと」を提唱しました。
これでは具体性に欠けるので、私自身、自分を実験台にしようという気持ちも働き、次のアドレスにオンラインのラテン語辞書をスタートさせました。
まだ3000足らずのエントリーです。私の作っている「羅辞郎」は、最初から完成しているのではなく、思いついたときに、また、自分が辞書を引いたときに、その記録を少しずつエントリーさせていくことで、どんどんオンラインの辞書は成長していくのが特徴です。
私自身、今までより原文を読みながら、辞書を引くことが楽しくなりました。というのも、「よし、この単語をエントリーさせよう」というポジティブな気持ちが働くようになったからです。
辞書を引いたら、ふつうは引きっぱなしです。これでは「もったいない」ので、私は「羅辞郎」に記録します。将来的にはエントリー数だけはどこにも負けないようにしようと大志を抱いています(笑)。それなりに世のため、人のためになればいいなと願ってのことです。
このようにウェブを利用しなくても、ルースリーフに書き留めて、それがいつか分厚く成長するのを「楽しみにする」というのが中学、高校生には有効なアプローチだと私は思います。
未知の単語との出会いにわくわくする、というのはなかなかよい経験です。普通はそのような感覚にはなりません。自分を責めるのがおちでしょう。「普通じゃない勉強」は普通じゃない結果を導きます。
マジョリティに属さず、オンリーワンの勉強を続けてください。きっとそのプロセスを楽しめますよ>中学、高校生のみなさん(+大人)
名称が(笑)ですが…。どうせなら「羅太郎」とかでも良かったかも(笑)
英語の兄言語でもありますしね。
名前は何度か改名を重ねていこうかと(笑)。
やり出した頃は語彙数のアップばかりに気を取られていたのですが、このごろは
中身(用例など)を充実させる道もあるなあと、しみじみ市販されている辞書は
偉大だと感じる気持ちが強まっています。これもやって初めてわかることなので、
やって得をしたと思っております。
カトー・ロンブ著、「わたしの外国語学習法」は私の学生時代に読んだ本ですが、その中で、「単語暗記法」という章があり、次の表現が目にとまりました。
「・・・ですから、アルファベット順に秩序立てしないような単語集を自主制作することを、心からおすすめします。単語が次々とどの行も全く同じ筆跡で書かれているようなノートは、砂漠の風景のようなもので、どこへ行っても、とくにこれといった特徴がないのです。ところが、筆跡を変えるとか、色とりどりのインキを使用するとか、単語グループごとに飾りをつけるとかすると、記憶のバネのようなものが出来上がるのです。つまり、このような単語帳の利点は、そこにわたしたちの個性が反映されている、ということにあるのです。」
>わたしたちの個性
これを生かした学習法が最強だと私も思います。