0615 山の学校ゼミ(倫理)

浅野です。

 

フッサールの現象学を確認しました。

 

デカルトのやり方をもっと徹底しようとしたと考えてよいでしょう。デカルトの「我思う、故に我あり」を、フッサールは「我思う」で停止します。そして普遍的である傍観者的な我が立ち現われ、さらに他者と一つの普遍的な世界を作り上げます。真理や神を前提にせず経験をそのままにしておくという点で多元的な素質がある反面で、一元的な世界を構築するというように大まかに理解するとわかりやすいかもしれません。