浅野です。
イリイチの『シャドウ・ワーク』や『ジェンダー』から遡る形でボーヴォワールの『第二の性』を読みました。
生物学的な性であるセックスとは別に、社会的な性であるジェンダーを考えることができるというのは現在では常識になっています。しかし「だからジェンダーを廃棄すべき」なのか「だからジェンダーを構築すべき」なのかは議論が分かれます。構築すべきだとしたらどのような形なのかということも問われます。
山の学校は小学生から大人を対象とした新しい学びの場です。子どもは大人のように真剣に、大人は子どものように童心に戻って学びの時を過ごします。
浅野です。
イリイチの『シャドウ・ワーク』や『ジェンダー』から遡る形でボーヴォワールの『第二の性』を読みました。
生物学的な性であるセックスとは別に、社会的な性であるジェンダーを考えることができるというのは現在では常識になっています。しかし「だからジェンダーを廃棄すべき」なのか「だからジェンダーを構築すべき」なのかは議論が分かれます。構築すべきだとしたらどのような形なのかということも問われます。