『ロシア語講読』クラス便り(2016年11月)

「山びこ通信」2016年度秋学期号より下記の記事を転載致します。

『ロシア語講読』

担当 山下 大吾

 今学期も引き続き受講生のTさん、Nさんお二方と共にチェーホフの短編を読み進めております。前号でお伝えした『ロスチャイルドのバイオリン』を読み終え、現在は『往診中の出来事』を講読中で、これもあと数回で読了という段階です。次のテクストは、そろそろ冬になるので作品の舞台も同じ季節である名編をというNさんのリクエストで、プーシキンの『スペードの女王』を予定しております。
 去年の春から取り組み始めたチェーホフの短編ですが、『往診中の出来事』を含めると、これまでに長短合わせて8編の作品を読了したことになります。彼の残した短編は200編を優に超え、全体から見れば8編という数は僅かにすぎません。その僅かな範囲の中でも、私たちはこのおよそ一年と半年の間、豊かで奥深いチェーホフの作品世界に魅了されてきました。宴会での些細な出来事から引き出される箴言風の言葉、視覚のみならず触覚や嗅覚さえも優しく刺激しながら展開される果てなきロシアの風景描写、自分の妻の葬式で、妻を弔うより自ら制作した棺桶の出来栄えに満足するなど、作品それぞれで強烈な個性を発揮する登場人物や彼らの発する言葉、それら一つ一つが、それぞれの作品全体を背景としながら印象深く明確に思い起こされます。授業中でもそのような以前目にした表現やエピソードを回顧する機会が増えてきましたが、それだけの内容のある時間と経験を、僅か8編という量の短編に取り組むことで得たことになります。
 もちろんロシア語原典での講読ですので、回顧の際に持ち上がるテーマも自ずとロシア語に即しての話題となります。今学期では、思考の停滞や表現の勢いに押されてか、あるべき接続詞が欠けているなどして少々分かりづらい文章となっている例が出てきました。その他お二方それぞれにお気に入りの場面やフレーズ、あるいは気になった表現があるようです。ロスチャイルドのロシア語読みがドイツ語由来の「ロートシルト」であることには余談としての面白さがあるでしょうか。