『ことば』(3~4年/2~5年)クラス便り(2016年6月)

「山びこ通信」2016年度春学期号より下記の記事を転載致します。

『ことば』(3〜4年) 『ことば』(2〜5年) 

担当 福西亮馬

 フラココと 風ときょう走 五時五分  Sizuku(3年生)

 フラココとはブランコのことです。それを春の季語だと紹介したその日は、嵐のような風が吹いていて、大きなクスノキが右に左に傾いでいました。落日はまだ高いところにあり、雲に覆われて白くぼんやりと輝いている時間帯でした。
 この句は、夕日を見るつもりで園庭の柱時計の方を向くと、五時五分だったことを表しています。そして「春の夕暮れ」という言葉を使わずに、時間でそれを表しています。作者は、新しい学年になったばかりで胸を張っており、うら寂しい日差しの中、ブランコを漕いで、風と「きょう走」しています。前に乗った時よりも少しだけ小さく感じる幼稚園の遊具。往復運動。風との対話。
 作者によって見事に切り取られたこの時間は、いつまでもこの句の中において、動き続けることでしょう。普遍性のある一句だと私は思いました。そして何度となくこの句を私は口頭でも頭の中でも反芻したので、すっかりと憶えてしまいました。きっと忘れないだろうと思います。

 3~4年と2~5年の両クラスに共通して、春学期は俳句に取り組みました。
最初は芭蕉や蕪村などの句を一緒に暗唱します。そのあとで教室の外に出たりして、自分の目にしたこと、思い出したことを五七五のフレームの中に収めることを楽しんでいます。ちょうどカメラを持って出かけるような感覚です。
 春の雰囲気を、生徒たちは色々と表していました。「明るい」「始まり」「花咲く」「ゆれる」「月から(ウサギが)見ている」……。言葉に表したからこそ、同じものを見ているようで、実は違ったところに注目しているのだと分かりました。また、「自分もそれを言おうとしていた」という共感や共有が生じるところが、「ことば」のクラスだと思いました。

 俳句以外の取り組みでは、3~4年クラスでは、百人一首をしています。これは2年ほど前から続いています。生徒たちがなかなか「飽きた」とは言わずに、むしろ「今日、百人一首する?」と聞いてくる様子を見ると、古典というものの懐の深さを感じます。いつの間にか私の知らないうちに生徒たちが新しい歌を好きになってくれていることが、新鮮な驚きです。
 そのような生徒たちに触発されて、私自身も素人ながらいくつか歌集を紐解きたいと思うようになりました。和歌には、百人一首を入口に、日本の古典作品として何千何万という数が残されています。まさに言の葉です。私も「ゆかし」という気持ちで、いざそれらの一部分に触れてみると、昔の人たちの心の清水の流れに手を差し入れるようで、なんとも「おいしそう」であり、「きらきら」としたものを感じます。その「きらきら」としたものを背景に授業をしたいと思います。
 2~5年クラスでは、昨年度にことわざに興味を持った生徒がいました。そこで、故事成語の出典(主に漢文)を探してきて、なるべく出典通りのエピソードを読んで味わっています。
 また、生徒たちが質問をすることが大事だと考え、最近では「推理クイズ」(水平思考クイズ)をしています。その取り組みでは、生徒たちが名探偵となって推理し、状況を質問することを楽しんでいます。
 毎週の様子は、山の学校のブログに書いています。ぜひそちらもご覧ください。