「山びこ通信(2015年度春学期号)」より、下記の記事を転載致します。
『将棋道場』
担当 百木 漠
新年度になり、また新しい子供たちが将棋道場にも来てくれるようになりました。
いつもながら子供たちに伝えるようにしているのは、将棋は単に勝ち負けを決めるだけのゲームではなく、礼に始まり礼に終わる伝統的なゲームだということです。はじめの「お願いします」は実行してくれる子供たちがほとんどですが、勝負が終わったあとの「負けました」「ありがとうございました」というやりとりがきちんと出来る子供たちは意外と少ないものです。一生懸命頑張ったあとの勝負で負けてしまうのはとても悔しい。そんなときに自分から「負けました」と声に出して相手に伝えるのはなかなか難しいものです。
一般的なスポーツなどの勝負では、勝敗がついた瞬間に、勝ったほうがガッツポーズをして喜びを表すことのほうが多いでしょう。しかし将棋や囲碁などのゲームでは、勝敗が決したときに、勝ったほうが「勝った!」と言うのではなく、負けたほうが「負けました」と先に言葉を発します。それを受けて勝ったほうも静かに「ありがとうございました」と頭を下げるのが礼儀です。テレビでプロの対局姿などを見ていると、勝負がついたあと、勝った方も負けた方も静かにじっと感情を殺しているので、一見、どちらが勝ったのか分からないほどです。しかしそれが将棋や囲碁の世界での美学とされています。
将棋を始めたばかりの子供にはそうしたルールが分かりづらいかもしれません。もちろん子供どうしの対局ですから、ときには勝ったほうが喜びを素直に表現することや、負けたほうが悔しさをあからさまに滲ませるようなことがあっても良いと思います。ただそれとは別に、終局後の「負けました」「ありがとうございました」という挨拶を交わすことは将棋道場に通うどの子供たちにも身につけてほしいなと考えて、そのように指導をしています。やはり将棋道場に来る回数を重ねて、棋力が上がってくると、自然にそういう風に出来るようになってくれる子供たちのほうが多いです。
また最近は将棋を指しているときの姿勢なども注意をするようにしています。特に男の子たちは(自分もかつてそうだったのでよく分かるのですが)元気いっぱいで、対局中ずっと黙っておとなしく盤面に集中しているというのは難しいものです。それでも少しずつ、対局中はむやみにお喋りしないこと、できるだけ背筋を延ばして椅子に座ること、隣の対局に口を挟んだり助言したりしてはいけないこと、二歩・待ったなどの反則があったら素直に非を認めること、などを教えるようにしています。すぐに完璧にできるようにならなくても、何度か将棋道場に通ううちに、そういう態度を身につけていってもらえたらと思っています。
そういった礼儀がきちんと守れることと、将棋の棋力の伸びは長期的に見れば、必ず相関します。短期的には礼儀を守らずともどんどん棋力が伸びて勝ちまくる子もいますが、そういう子はどこかで必ずつまずきます。そうしてつまずいたときに、その壁を乗り越えられない場合も多い。逆に対局姿勢がしっかりしていれば、最初は棋力が伸びず勝ち悩んでいても、ある時点でぐっと棋力が伸びて、その後も順調に成長できる場合が多いです。
将棋道場に通ってくれる子供たちには、そんな風にして将棋の実力と対局中の礼儀作法、両方の面で成長していってもらえたら嬉しいです。