『ラテン語初級文法』『ラテン語初級講読』(クラス便り2015年6月)

「山びこ通信(2015年度春学期号)」より、下記の記事を転載致します。

『ラテン語初級文法』(A・B)、『ラテン語初級講読』(A・B・C)

担当 山下 大吾

 今学期は文法クラスが木曜夜のAクラスと土曜午前のBクラスの2クラスで開講されております。いずれのクラスでもこれまでと同様、教科書として岩波書店刊行の田中利光著『ラテン語初歩 改訂版』を用い、今学期と来学期の2学期全24回での課程修了を目指して勉学中です。ラテン語学習者の裾野が広がることは慶賀この上ないことで、受講の動機はそれぞれ異なりながらも、受講生の方々の学習意欲は毎回頂くご質問にもはっきりと反映されており、指南役としての責任の重さを痛感しております。様々なレベルにおけるヨーロッパ的現象を底辺から力強く支えているラテン語の魅力を少しでも分かりやすく、かつ可能な限り興味深く伝えられるよう努力致しております。
 講読クラスは、Aクラスではキケローの『アルキアース弁護』を、Bクラスではホラーティウスの『書簡詩』を、Cクラスではキケローの『友情について』を引き続き読み進めております。
 Cクラスでは全体のおよそ3分の2に当たる64節まで読了しました。受講生は変わらずCiさんお一方です。64節ではエンニウスの名言Amicus certus in re incerta cernitur.「確かな友は不確かな状況で確かめられる」を再読する機会に恵まれましたが、この言葉を記し、後世に残そうとしたキケローの本意は果たしてどこにあるのかと再び考えさせられることになりました。
 Bクラスは前任者である前川先生から私が引き継いでから早くも3年目となりました。講読のテクストもセネカからホラーティウスに代わってやがて2年が経とうとしております。『詩論』から始まった『書簡詩』も終わりに近づきつつあり、現在1巻の16書簡を講読中です。これも受講生のCaさん、Mさんの熱意あってのたまもの、素直に頭の下がる思いです。対称的な語の配置も鮮やかなRomae Tibur amem ventosus Tibure Romam.「私は吹く風のように、ローマではティーブルを、ティーブルではローマを愛してしまう」(1.8.12.)というホラーティウスの浮気な考えには従わず、『書簡詩』読了後は同じ韻律である彼の『風刺詩』に取り組む予定です。
 Aクラスは前学期までの賑やかな状況から、受講生はAさんお一方という少々寂しい授業へと変化致しました。Aさんご自身のご希望もあり、文法の復習も取り入れつつ一語一語読み進めております。
 23節で述べられる、「ギリシア語はほとんど全ての種族の間で読まれているが、ラテン語はその狭隘な領域内に限られている」という言葉は、アレクサンドロス大王の東征などによりギリシア語が優勢であった当時の地中海世界の状況を鑑みなければ、特に文字の面で字義通り世界を席巻してしまった、現代にまで及ぶその後のラテン語圏の拡大や西洋史的視点から判断するとむしろ奇異に響きます。その勢力の拡大に対して最も貢献したものこそ他ならぬキケローの残した文業なのであり、その彼も14節では、偉大なる先達ギリシアと伍する形でラテンという形容詞を添え(scriptores et Graeci et Latini)、まるで将来の自らの姿をしかと見据えたかのように、その偉業を誇らしげに讃えることを忘れてはいません。