『山の学校ゼミ(数学)』クラス便り(2014年11月)

「山びこ通信(2014年度秋学期号)」より、下記の記事を転載致します。

『山の学校ゼミ(数学)』

担当 福西 亮馬

 去年の4月から『虚数の情緒』(吉田武著、東海大学出版会)を読み始めて、第Ⅱ部の7章「虚数の誕生」まで進みました。約1000ページの大著のうち、500ページ以上をすでに読み進んだことになります。第Ⅱ部が終わると、ページ的にも内容的にも一つの頂に立ったことになります。この稿が届く頃には、おそらく第Ⅱ部が終了していることでしょう。

 自然数、整数、有理数、そして有理数を解として持つ1次関数、複素数を解として持つ2次関数へと、数に対する人の認識の進化図を順番にたどっていき、今ようやく「虚数」が表舞台に立ったところです。以前の山びこ通信の稿でも、オイラーの公式を一つの目標として、それまでの道程を一里塚を築くように見て行きましょうと案内しましたが、ようやくその目標地が視認できる範囲までやってきて、「ああ、あそこだ」となっているところです。

 ところで、数の歴史が虚数の認識に至るまでには、特に近代に入って、ガウスやその前のニュートン、デカルト、またガウスの後にも数々の天才を必要としました。いわば「これぞ先人の踏み固めてくれた道」です。それを、その道における一般人である私たちは、他に仕事を持ちながら、そして自己の最大の関心事に引きつけながら、それぞれ確認作業をしてきました。数学については一般人でも、というところが、特に重要だと思います。『虚数の情緒』のテーマでもある「全方位」という裾野の開拓を自ら実践していることになるからです。

 数学の道はそれぞれにあります。天才は天才として、私たちは私たちとして、堂々と大手を振って、自らの中に拓けていく道をたどろうではありませんか。