「山びこ通信(2014年春学期号)」より、クラス便りを転載致します。
『ロシア語講読』 担当:山下大吾
今学期の当クラスでは、『エヴゲーニイ・オネーギン』と並んで、プーシキンの代表作として名高い『青銅の騎士』に取り組んでおります。受講生は引き続きTさんお一方です。プロのロシア人の朗読した資料を活用しながら、その音声的な美を鑑賞した後で文法的な読解を行い、合わせて脚韻のみならず、アソナンスや子音反復、行き場のないネワ川の水の流れが効果的に表現されている交差配列法など、個々の詩的技法にも目を配り、プーシキンの意図する詩的世界を可能な限り総合的に味わうよう努力いたしております。
「汝を我は愛す、ピョートルの造りしものよ」―一点の曇りもない描写を通して序で高らかに歌い上げられる、ピョートル大帝の誇り高い姿とその言葉、さらに彼の創造した都ペテルブルク。大帝の姿には、かつてプーシキン自身が抒情詩『詩人』で自らの分身として描いた詩行が重なり合い、いま一人の主人公の名は、彼が長年に渡って心血を注いで作り上げた、冒頭に挙げた作品名にもなっている人物と同一のものです。この作品では、言わば二人のプーシキンが鋭く分裂し、対立する形で描かれているという読みも可能となるでしょう。
それと同時に、文字通り偶像と化した「青銅の騎士」ピョートル大帝と、小さな幸せを夢見ながらも、未曽有の洪水に翻弄され「哀れな狂人」へと変ずるエヴゲーニイとの対比によって、現在にまで及ぶロシアの避けられぬ運命が、さらには国家対個人、また自然の持つ原初の力と、それを無理に抑え込もうとする行為の危うさなど、古今東西を通して絶えず繰り返される様々な普遍的テーマが、その古典的な均整美を通して我々の目の前で展開されているのです。
前学期まで比較的小規模な抒情詩を主に読み続けてきましたので、Tさんにとっては初めての「大作」の講読となりましたが、綿密な予習には幾分かの余裕も加わり、予定通り今学期中には通読できそうです。この調子でロシア語やロシア文学に親しんでいただければと願っております。