『歴史入門』クラス便り(2014年2月)

『山びこ通信』2013年度冬学期号より、クラスだよりを転載致します。

『歴史入門』 担当:吉川弘晃

山の学校に講師として赴任してはや1年がたとうとしていますが、この歴史のクラスは相変わらず、教科書という箱庭を越えて講師と生徒さんが互いに刺激しあえる場所であることには変わりありません。同じ歴史上の出来事でもそれを扱う人の立場や環境によって様々な解釈が出来るわけです。

しかしながら、真の意味で自由な知の試みを行うには、最低限、教科書に書いてあるようなことをしっかりと身につける必要があるのも事実です。そうした基礎力を磨く有効な手段として大学受験の勉強は非常に大事だと思います。この授業は高校生向けの授業でもありますので、生徒さんには参考書を用いた高校世界史の自習を勧めており、毎回の授業の冒頭でその確認やアドバイスを行う他、授業においてもしっかりと頭に叩き込んでおくべき事項はその都度強調しております。

さて、具体的な授業形式としては、1年間ほとんど変わることはありません。生徒さんの興味にあわせてある1つのテーマに絞った新書を講師が補足説明を行いながら一緒に読んでいくというゼミ形式です。春学期はイギリス近代史からグローバリゼーションを、秋学期はヨーロッパ全体の歴史感覚が形成される過程を学びました。冬学期からはイスラエルの歴史を扱った本を読んでいます。

生徒さんは、昨今再び注目の集まってきた中東問題に深い興味をもっています。その中でも日本のメディアの関心はパレスチナ問題へ集まっていますが、焦点が当てられるのはパレスチナのアラブ人難民のほうでイスラエルの方はどうしても、軍事力で押さえつける支配者というイメージが先行してしまいます。そこで今回はあえてイスラエルという国家の側からパレスチナ問題を考えていこうということになりました。

イスラエルは世界中のユダヤ人がパレスチナに入植して第二次大戦直後に成立した国で国家の歴史だけを見れば建国運動も含めて高々100年にすぎません。しかし、なぜ世界中に散らばって住んでいたユダヤ人が突然19世紀末に国家建設運動を起こしたのか、そもそもユダヤ人とは何か、なぜ彼らはまとまって住まないのか、そしてなぜユダヤ人は世界中で差別や迫害を受けてきたのか、こうした問題に1つひとつ向き合うことなしにイスラエルという国を理解することは出来ません。

そうしますと、今度はユダヤ人という民族の歴史を考える必要がありますが、そこには旧約聖書(ユダヤ教)の世界が入り込んできます。簡単に概要を説明しますと、ユダヤ人の祖先アブラハムの導きでユダヤ人たちはパレスチナ(「カナンの地」)に移住し、紀元前17世紀頃エジプトに奴隷として連れて行かれますが、その数百年後にモーセの導きでエジプトを脱出して再びパレスチナに移住します(「出エジプト」)。彼らは紀元前10世紀頃にイスラエル王国を建国しますがすぐに王国は分裂して他国からの侵略もあってユダヤ人は再び故郷を追われることになります。

4000年以上の歴史の中に自分の立ち位置を考えるユダヤ人にとってパレスチナに住むことは当然の権利だと考えるわけです。しかし、さらに興味深いのはユダヤ人がイスラエルという国家に集まることに全てのユダヤ人が賛成しているわけではないということです。ユダヤ人の信じるユダヤ教は、神と厳しい契約を結ぶ代わりにユダヤ人だけが来世で救われるというものですが、ユダヤ人が世界で迫害されているのは神の試練であり、勝手に国を作ってその試練から逃れようとするのは神に反する行動だという意見があるわけです。

さらにイスラエルに住んでいるのはユダヤ人だけではありません。イスラエル建国以前にパレスチナに住んでいたのはアラブ人ですが彼らの中にはイスラエル国民として生きようとする人々もいます。必ずしも全てのパレスチナ・アラブ人が抵抗運動をしているわけではないのです。

この他にも様々な論点がありますが、重要なのは最近の問題に見えることでもその本質を見るためには数千年という長いスパンでの、さらに幅の広い視野が必要だということです。こうした広い視野を授業の中でも提供していければと思います。