6/17 ことば高学年(作文)

高木です。

今回は、谷川俊太郎には珍しい散文作品である、『そのものの名を呼ばぬ事に関する記述』を読み、それをふまえて、K君にも、名を呼ばずにある対象物を記述する、ということを試みてもらいました。
 たとえば、ここに一本の鉛筆があるとして、それを記述するためには、どうすればよいでしょう。ただ「鉛筆」という名を書けばいいのです。これは、当たり前のことですね。
 では「鉛筆」という名を用いずに、視覚情報のみを頼りに「鉛筆」を記述するには、どうすれはよいでしょうか。これが意外に難しいのです。私が試しにやってみると、次のようになります。

それは棒状の物体であり、切断面は正六角形をしている。その長さは、手首から中指の先端までか、それより少し長いほどであり、その切断面の幅は、夏みかんの種と同じくらいである。その棒はおそらく木製であり、中心軸には黒い物質が貫通している。棒の片方の先端は円錐形に尖っており、その角度は薔薇の棘か、あるいは小鳥のくちばしに近い。尖った先にはその黒い物質がむき出しになっていて、その幅は米粒の横幅よりは若干長いが、その縦幅よりは若干短いくらいである。棒の表面は深い緑色につやめいているが、円錐形の部分だけは木の地色である薄茶色が見えており、それら緑色と薄茶色との境界線は、稲妻のようなギザギザの形をしている。……

おそらくこのまま続けても、実物の「鉛筆」を完全に表現しきることは不可能なのかもしれません。それくらいに、そのものの名を用いずにそのものを記述すること、というのは、大変なことです。また、逆にこの文章のみを頼りにあの「鉛筆」という物体が想像できるでしょうか……。
 普段なら「鉛筆」というたった二文字で記述されてしまうその物体です。しかしこうして「名を呼ばない」というルールをつくることによって、そのものの具体的な色や形や質感に目がいくようになります。普段、何げなく接しているものを、“名前”という固定観念を取り払って、あらためてよく見てみること、そしてそれを具体的に記述することは、ものごとを客観的に観察する姿勢を養います。これはいわば、絵具の代わりに言葉をもちいた“写生”なのです。
 K君には、いま、鉛筆よりももっと複雑な形をしたものを、つぶさに観察し、記述してもらっています。K君の提案で、文章が完成すれば、お母さんに読んでもらって、観察した対象が一体何だったのかを当ててもらおうということになりました。だから、「それ」が何であるかは、ここではまだ明かさずにおきます。