福西です。
これまでユークリッド『原論』にある命題を証明してきましたが、中学2年生のR君が、この日晴れて第1巻を登頂し終えました。
内容の似通ったマイナーな命題については途中省いたところもありましたが、振り返ると、ほぼ順番通りにコツコツと、命題1から証明して行ったことになります。(1~20、25~35、45~48)。
第1巻には全部で48の命題がありますが、以前に命題47(三平方の定理)を証明し、残すは命題48(三平方の定理の逆)のみとなったところで、冬休みに入りました。そしてお正月が明けてのこの日、清々しい気持ちで最後の問題に取り組みました。
命題1.48
もし三角形において1辺の上の正方形が三角形の残りの2辺の上の正方形の和に等しければ、三角形の残りの2辺によってはさまれる角は直角である。
「XならばYである」ということの証明には、だいたい大きく分けて3通りの方法があります。
ⅰ)「Xである」ことから出発して、「X→Y」を順当に示す。(正攻法)
ⅱ)命題の対偶を取り、「Yでない→Xでない」ことを示す。これは「XならばYである」と同値である。(いわゆる迷路をゴールからたどる方法)
ⅲ)「もしXなのに、Yでないと仮定する→矛盾が生じる」ことを示す。つまり、Yでないとした仮定が間違っていたことになり、それはとりもなおさず「Yである」ことになる。(背理法)
それぞれ、間の手順は、条件を「数式」に直して「計算」を結論までつなげていく、あるいは条件を「図形」に直して「合同・相似」を示すことで詰めていきます。
R君は、ⅲ)の作戦を取り、以下のように考えてくれました。
(ここでは便宜的に、次のように表しておきます。
X:「三角形において1辺の上の正方形が三角形の残りの2辺の上の正方形の和に等しい」
Y:「三角形の残りの2辺によってはさまれる角(図では角ACB)は直角である」)
R君の証明
1)Xが成り立つのに、Yが成り立たないならば、矛盾が生じることを示す。
2)Yが成り立たないということは、角ACBが直角でないということなので、角ACBの中に直角が作れることになる(R君はこの時は鈍角に限定して考えました)。それによって、角BCDが直角となるような線CDを引き、もう一つの三角形BCDを描く。
ここで、線分CDが、R君の考えてくれた補助線になります。
3)Xは、図で言えば、a2+b2=c2が成り立つことである。
これは仮定として使える条件です。
4)もう一つ、角BCDが直角なので、命題47(以前に証明した三平方の定理)より、b2+d2=e2が成り立つ。
ここで注意点ですが、3)と4)の条件は出所が別ということです。(片方は仮定、もう片方は証明済みの命題から)。3)は三平方の定理から出てきた条件ではない、ということで、混同しないでおく必要があります。
5)以前証明した命題20(三角不等式)より、三角形ACDにおいて、AD+DC>ACが成り立つ。すなわち、(c-e)+d>aである。
3)と4)を組み合わせるだけでは、なかなか証明がうまくいかなかったので、他に鍵となる条件をもう一つ追加することを考えました。言うなれば「式としての補助線」です。
そして次がR君の一番のひらめきです。
6)a>0より、三角不等式c-e+d>aの両辺を二乗する。
(c-e+d)2>a2
ここで注意点は、不等式の両辺を二乗する時は、両辺とも非負であることを確認しておくということです。(でないと二乗したときに符号が逆転する恐れがある)。ただし、aは三角形の辺の長さなので、a>0が成り立っています。よって二乗しても符号が変わらないことになるので、ここでは大丈夫です。
以下、上で見つけた3)、4)、6)の3つの条件を使って、計算を実行しました。途中、手間がかかっているように見えるのは、R君が学校ではまだ式の展開を習っていないことによります。それを「どうやったら今の力で、自力で解決できるか」までを含んだ努力の跡になります。
6)の左辺
=(c-e+d)(c-e+d)
=(c-e+d)c-(c-e+d)e+(c-e+d)d
=c2+e2+d2+2cd-2ce-2de
=a2+b2+b2+d2+2cd-2ce-2de ←c2=a2+b2、e2=b2+d2より
=a2+2b2+2d2+2cd-2ce-2de>a2(=右辺)
2b2+2d2+2cd-2ce-2de>0
b2+d2+cd-ce-de>0
e2+cd-ce-de>0
e2-(c+d)e+cd>0・・・(P)
こうして、最後に出てきたこの式Pから、何らかの矛盾を導き出せれば(具体的には不等号の向きが逆でないといけないことが言えれば)よいことになります。
そして矛盾が言えれば、2)で置いた仮定(角ACBが直角でないこと)の間違いを示せることになり、晴れて、角ACBが直角である、つまりX→Y(これが証明したかった内容)が証明できたことになります。
さて、式Pを見てみると、すでにピンときた方もいるかと思いますが、これはeについての2次式(2次不等式)になっています。よって、式Pが成り立つことは、左辺=0が二つの異なる虚数解を持つこと、つまり、判別式<0と同値です。
しかしここでまた新たな問題が発生しました。中学2年生のR君は、まだ2次方程式の解の公式も、その判別式も習っていないのです。
では、どうしたらいいでしょうか?
ということで、次に考えたのが、「反例を示す」という方針でした。
これはたとえるなら、次のような話です。(授業中のとっさの思いつきだったので、変なたとえですみません)
ある日、R君の学校の教室で、「なあ、お前知ってるか?おれすごい発見したんや。エアコンのリモコンってな、みんな長方形なんやで!」と言った友達がいたとします。そこで、R君が「そんなことはない」と言うためには、どうしたらいいでしょうか?
そうです。電気屋さんに行って、丸いのを一つ買ってくればいいのです。
そうするだけで、その友達の言っていた「みんな長方形である」という命題は成り立たないと反論できたことになります。(友達は最初に「四角いのがたくさんある」と言えばよかったのですが、「すべて」と言ったのが間違いだったことになります)
これと同じことを、式Pについても考えます。
7)式P:e2-(c+d)e+cd>0の反例を一つ示す。
今、c、d、eは、命題の仮定を満たす限り(補足参照)、任意であることに注目します。(なぜなら、命題48はその仮定を満たす三角形ならば「どんな場合でも」成り立つことを示したいからです)
まず図より、
c>e
e>d。
よって、
c>e>d
という関係があることを確認しました。
次に、この関係を満たす適当な値を持ってきます。ここでは、c=5、e=3、d=1とします。それを式Pに代入し、確認します。すると、
左辺=9-(5+3)×3+5=14-18=-4
より、式Pからは、
-4>0
という関係が出てきてしまいます。これは明らかに矛盾です。
よって、反例が一つ示せたことにより、Pは成り立たないことが言えます。この矛盾は、角ACBが直角ではないとしたことに由来する。
ゆえに、「a2+b2=c2ならば、角ACBは直角である」ことが示せた。(Q.E.D.)
R君の1時間半に及ぶ格闘は、以上です。
こうしてR君は、『原論』の第1巻を(証明で)読み終えました。おめでとうございます。ここまで1年以上の長い道のりでしたが、今日の達成感を、いつまでも記念にしてほしいと思います。
次は、本人の希望があれば、第3巻(円について)を読みます。
(補足)
授業では上のように適当な値を持って来て反例を作ってもよいことについて、あまり吟味していませんでした。ですので、それを補足しておきます。
b2+d2=e2
より、e=3、d=1とすると、
b2=8。
そして、
a2+b2=c2
より、c=5とすると、
a2=25-8=17。
a>0より、a=√17。
ここで、命題ではaは任意ということだったので、a=√17の三角形については、もちろん考えてよいことになる。
よって、c=5b=3、d=1というケースは考えてよいことが保証される。