11/18 ことば高学年(作文)

高木です。

 今週から数回にわたって、天文学者・野尻抱影(のじりほうえい)の膨大なエッセイのうちの一つ、「赤い手鏡」を読みます。

 あらすじは、このようになっています。

 ある日、野尻抱影のもとに一通の手紙が届く。送り主は江古田のサナトリウムの患者代表のB子さんである。その手紙には、B子さんと同じ患者の「村上さん」のことが書かれてあった。手紙の文意は次のようになっている。(以下「赤い手鏡」の引用)

  (村上さんは)奈良女高師出身の旧華族で、京都で就職している間に病気になり、江古田に来た
  時はもう大分進んでいた。兄妹二人きりだが、兄はろくろく姿を見せたことがない。しかし、村
  上さんは寝たきりでいながら、晴れた晩には、赤い手鏡に窓の外の星影を映し、大きな本の図と
  見くらべて、「信仰とお星さまだけあれば、ちっとも淋しくありません。召される日が来たら、
  この本と鏡をお棺に入れて下さいね」と言い言いしていた。
   ついにその日が来た時に、人々が初めてその本が、私の『星座めぐり』であることを知った。
  この村上さんの感化で、それ以来星への関心が高まり、院長は軽症の人たちに、夜三十分間は庭
  で空を眺めることを許した。「先生へ、そのお礼まで、かしこ」

それを読んだ抱影は、「しばらくぽかんとしていた。次いで、涙が流れて留まらなかった。」

 非常に胸をうたれるエピソードだと思います。また同時に、その「村上さん」のことを伝えたのがB子さんの手紙だったということ、そしてそういう話全体を私たちに伝えるのがこの野尻抱影の文章だということを知るとき、「言葉」で伝えることの大切さ、そして「言葉」というものの持つ「力」に思いいたります。
 
 今日のクラスでは、まず全文を朗読してもらい、わからない語句の意味を調べてもらいました。いつもながらK君の知的好奇心には、目を見張るものがあります。たとえば今日は、「華族」という言葉の意味を辞書で引くところから、年号や明治維新などの歴史的な話題にまで発展しました。

 来週は、本文の内容について対話を進めていこうと思います。