先日より予告しておりました英語読書会がいよいよ始まりました。来ていただいたみなさまの意気込みに敬服いたします。
第一章の概要を確認した後で、一人ずつ順番に音読することにしました。一段落ごとで交代です。小学生のことばクラスでしている取り組みに似ています。音読する際には切るべきところで切ることを心がけました。これも英語を左から右に読むことと関係しています。
内容のまとまりごとに区切って質疑応答をしました。初回は私が内容面や文法面で気になる箇所を抜書きしたレジュメを用意してきました。例えば、原文では”sister”となっている箇所が日本語訳では「妹」になっているのはなぜだろうといった問いを提起しました。その場では答えは出ませんでしたが、これだけでも原文と翻訳の違いを窺い知ることができました。また、ペチュニア・ダーズリーの紹介で”twice the amount of the neck”と書かれていることについて、なぜ”amount”なのかという問いが出されました。確かに普通なら”twice the length fo the neck”と書くところです。首の量感を表現しようとしているのではないかというのが私の説です。
文法に焦点を当てた箇所も一つ紹介しておきます。
They were the last people you’d expect to be involved in anything strange or mysterious, because they just didn’t hold with such nonsense.
前半部を直訳すると「彼らは何か奇妙なことや不思議なことに関わるとあなたが予想するであろう最後の人だ。」となりますが、自然に訳すと「彼らは何か奇妙なことや不思議なことに関わるとは決して思われないような人たちであった。」となります。英語ではこのような”last”の使い方をしばしばします。後半部は動詞の意味が取りづらいのですが、”hold”を辞書で引いてもその意味を一つずつ検討するのは大変です。ここは電子辞書の熟語検索(成句検索)で”hold with”を引くと早いです。活用辞典でも構いません。「~に耐える」という意味です。
そうした話は尽きず、あっという間に80分が経過したように感じられました。第一章の後半部分は次回(2月12日)に持ち越しです。そして次々回からは一人ずつ担当してもらうことにします。心の準備をしておいてくださいね。
英語の一冊の本を読みきるのはすごいことです。ましてや高校生のうちにそのような経験をしている人はめったにいないと思います。英語がすっと頭の中に入ってくる状態を目指して、楽しみながら続けられるといいなぁと思います。
読書会の船出を心よりお祝い申し上げます。この手の読書会で一番大事だと常日頃思っていることは、とにかく「続ける」ということです。たとえるなら、(バス等によるのではなく)徒歩による遠足で大事なことはただ「歩くこと」が大事だ、と言っているようなものです。数十歩歩いてもうやめた、というのでは遠足と言えません。この読書会が今後ますます楽しく、長続きすることを願っています。(浅野先生に代わって言うなら)途中参加は大歓迎です。
かく言う私も、今木曜日の6時半からラテン語の読書会をやっています。今、「アエネーイス」の11巻後半にさしかかったところです。全部で1万行、12巻からなる作品です。スタートしたのは、今から10年以上前になります(記憶も薄れています)。最初からの参加者、Ryoma 先生のノートは何十冊(100冊以上?)もあることでしょう。細々と、しかし、みなでゴールテープを切ることを夢見ながら続けてきました。ゴールしても、私はまた1からスタートします。アエネーイスの表現を借りると、sine fine (終わりなき)読書会です。そう、参加者にはいつも申しております。(※こちらも途中参加を歓迎いたします。)