「山びこ通信」(2009.11)より古文講読のクラス便りを転載します。
今期も引き続き、『徒然草』を読み進めています。今学期は受講生がお二人となり、それぞれの関心に応じたコメント、意見を頂戴できることで参加者皆への大きな刺激になっています。『徒然草』を読むことで、現代に生きる私たちが時に叱咤を、時に激励を受けているような思いにもさせられます。これは講師である私の関心ですが、文章の向こうに透けて見える当時の社会の様子や人々の意識などを探求することで、文章への理解もより深まるように感じています。
現在180 段辺りまで進んでおり、あと1~2 学期で最後まで読めると考えています。途中からのご参加も歓迎いたします。兼好法師とともに、古文の世界を旅してみませんか。
受講生の感想を転載いたします。
「古文講読」を受講して
昨年四月から「古文講読」を受講して「徒然草」を丁寧に読んでもらつてゐます。先生一人に生徒一人といふことで、贅沢といふか申し訳ないやうなのですが、おかげで私の意見も自由に述べることが出来て有難いです。
何となく分つたやうな、さういふ分り方はいやなので、一語一語出来るだけ辞書を参照して「厳密に」理解するやう努めてをります。特に、昔の用語では「辞」、今の学校文法では助動詞・助詞・感動詞などですが、この「辞」の働きを正確に把みたい、これが日本語のポイントだと思つて努力してゐます。
又古文を勉強してゐると、それと比較して現代の日本語についても色々反省させられることが分つてきて、中々有意義です。
実は、数年前から、古典ギリシア語の初歩を少し齧つて大分苦労したのですが、しかしそれはたとへ分つても頭の中の理解にとどまつてゐますが、それに比べると日本語の場合は、文章の勢ひや書き手の心の動きなどが、何といふか全身でよく分る、といふ感じがあつて、時に感動することもあります。
私一人の生徒では勿体ないので、是非御参加をお勧めします。